「舞鶴の里づくり市民の集い」講演集
〜みんなで考えようわがふるさと〜
日時:平成元年5月20日(土)午後1時
場所:常陸太田市市民交流センター 大ホール
助言:茨城県総務部地方課課長 金澤和夫氏
助言者という肩書きを背負って出てきておりますが、太田のことを知る度合いにおいても、それから太田にかける情熱においても、こちらの壇上の人はもとより、皆様、フロアにおられるかたのいずれよりも劣ることは間違いありません。そういう意味で、具体的にこうしたらいいんではないかという助言という性格のものはできないことをあらかじめお断り申し上げておきたいと思います。ですから、関連したいくつかの情報提供ということになるかもしれません。お許しいただきたいと存じます。
まず、今回の「ふるさと創生」の「1億円」の意味とか持っている可能性については、ただいまお話のあった川又さん、武藤さん、小沢さんからもご指摘がありましたので、余計な言葉は余り要らないかも知れませんけれども、先ほど小沢さんのおっしゃった通り、この話は梶山自治大臣当時、まさに梶山先生自身の、お一人の頭の中から出たアイデアが具体化したものでございまして、太田の皆さんには、ある意味では、一方ならぬ責任のあるアイデアかと思います。目的といたしますところは、今までの高度成長から、安定成長まで、ずっと戦後の日本の歴史の中で、どちらかといえば国のいろいろな省庁がいろいろな政策を出して、それが世の中の大きな流れとなって、それを円滑に実施するのが市町村とか都道府県の役割ということになっていたことは、われわれのように役所の中にいると非常によく分かるわけでございます。
先ほど小沢さんが、行政が考えたことをやるだけで、なかなか市民とつながりがないというようなことをおっしゃいましたけれども、市町村と国、県の関係で言えばまたそれと同様に、国が考えたことを市町村や都道府県はやるだけという傾向が強かったわけでございますが、これからはどうしてもそれでは世の中は成り立っていくまい。むしろいろいろなことを考えて発想するのはそれぞれの地域、市町村ではないか。そのためにいろいろなお金がいるようであれば、そのお金の制度的なものは国で考えましょう。そういう哲学であるべきではないかというのが梶山先生のアイデアの本質でございます。
ですから、今回交付されますお金は1億円ですけれども、これは決して1億円だけの話ではありませんで、元になる発想の仕方が今までとは根本的に違うということをまずお話し申しあげたいと思います。今回の「1億円」はある意味では、全国規模でそういう下からの発想、地域からの発想で物事を実際にやることのひとつの実験費用、実験経費でありまして、これで全部終わってしまうことはない。むしろ、これから後、こういう発想に基づく国のいろいろな施策がどうなっていくかを我々自身十分注目していかなければならないというものかと思います。
本当に、ある意味では起爆剤でございまして、発想のシンボルということになろうかと思います。ですから、皆様方からもそういうご指摘がありましたけれども、必ずしも人目を引くアイデアをこの「1億円」でやればいいと言うことではなくて、本当に、太田にとって太田のためになる、太田のための地域作りのできる起爆剤になりうるかどうか、それが問題ではないかということでございます。使い方によっては、今回の「1億円」はただの1億円ではなくて、太田の1年分の予算が90億とすれば、90億の100年分くらいの意味のある使い方をしていただきたいと思いますし、そうなるのが本来であると思っております。
次ぎに、いろいろな地域づくりを自分たちで考えるときに、どういう考え方、姿勢で取り組んだらいいのかということですが、今日お集まりの市民の方々に知っておいて、というか、前提としていただきたいことが2つございます。1つは、これは極めて当然のことですが、市役所の財源にいたしましても、それから市民の持っているエネルギーにしましても、無限のものではないということです。本日のような形でいろいろ非常に立派なアイデアをうかがわせていただいたわけですけれども、そういうアイデアを出している段階ではどうしてもそういうことは忘れがちになってしますわけです。1つの政策なり一つのアイデアを優先すればほかは必ず後回しになると言う関係にあることは、まずすべての市民のかたがたに分かっておいていただきたい。われわれの役所の人間は、普段予算編成をするときに必ずそのチェックをやらされますので、仕事上の習慣となって、かえって優先順位のほうばかり考えてしまうようになるわけですが、それでもそのエネルギーが無限でないことはわかっておいていただきたいと思います。
2番目に、アイデアとい言う形で考えて参りますと、今これだけ世の中が多様化してきますと、そのアイデア自体は本当に千差万別、多種多様なものだろうと思います。今日もいろいろなアイデアをうかがわせていただきました。しかもその千差万別のアイデアにそれぞれ理由がある。それぞれ納得すべき点がある。当たり前ですけれども、そうしますと、いろいろ地域づくりに対して議論していくときに、すべきこと、こういうことをやったらどうだということを生のままで議論していきますと、いつまでたっても集約しないということが多いかと思います。それぞれのアイデアにそれぞれ全部理由がある。そうしてそれぞれ理念が別々にあって、ぶつかり合いになるわけですので、そういう議論をこれからいくら積み重ねても、あえて言えば予測されるのはけんかをしてしまうか、あるいは集約できずに、結局物別れと。市民がいろいろ物を言う機会が与えられたにもかかわらず、結局は市役所が考えることだけがそのまま行われるというケースは多々あろうかと思います。
そういうことになりますと、市役所の立場から言えば、おそらく市民は無責任な意見しか出してこない、結局は集約できない、実現不可能ということになるかもしれませんし、市民の側から言いますと、いくら俺たちが一生懸命に考えてアイデアを言っても市役所はぜんぜん取り上げてくれないじゃないか。そういうことはお互いに不幸な事態になるわけでございます。そういうケースは太田ばかりではなくて、いろいろなところであるわけでございます。ですからまず大事なことは何かといいますと、すべきことを生のままぶつけ合うことももちろん意味があるわけですが、それより前に、そういう議論の土俵になるもの、枠組み、地域作り、太田作りの基本理念は何なのか、ビジョンは何なのか、そこをまずつめて議論させることが非常に意味があるのではないかと思います。具体的にこうしたらいいという手段の前に目標をまず皆で議論するということです。
その基本理念というのは、言葉でいえば一言ですが、実は非常に難しいことは承知で申し上げていますけれども、要は太田の人たちの幸せとは何なのか、言葉でいえばそういうことになろうかと思います。何が重点なのか。よく総合計画などでビジョン、基本理念みたいなものを設定しますけれども、たとえば「緑あふれる環境と文化の香りにあふれる活力に富んだ福祉都市」というビジョンを総合計画の中で設定したといたします。これはまったく1つの例で、どこの都市でということはないのですが、これはビジョンのようであって何物も言っていない。要は、何でもやりますという内容に過ぎないわけでございまして、結局、その地域作りの基本理念、太田の人の幸せはどこに重点を置いてやったら一番いいのかという集約ができていないと言う格好になるのではないかと思います。非常に極端な言い方をすれば、市民のエネルギーをどこかに集中するような、焦点を絞る必要があろうと思います。
具体的に地域づくりに成功している例で、よく、大分の湯布院とか宮城の中新田とか、北海道の池田とか、群馬の草津あたりも例に引かれることが多いわけです。そういうところの成功事例を見ますと、なんでもかんでもという追いかけ方は決してしていないわけです。北海道の池田町で福祉水準がほかの町よりきわめて高いと言う話はぜんぜん聞いておりません。また、東北の方に、健康作りということで、国保の医療費を全国一下げようということを運動の眼目にしてやったところもありますが、そういうところで地域経済が活性化されたという話も聞いていないわけです。そこまで極端にしないにしても、何らかの形での地域作りのビジョンの、基本理念の絞込みは要るんではないかと思います。そういう議論を経た上で、ある程度共通の議論の土俵が出てくれば、今日8人の方、それからフロアから3人の方がご発言されたわけですが、そういう方たちのアイデアが本当にかみ合った形で、生きたアイデアとして、実現すべき具太刀的な政策として出せるようになってくるのではないかと思うわけでございます。
それだったら、そういうビジョンはどういう形で検討していったらいいのかということですけれども、ここまであえて申し上げなくても自明のことかもしれませんけれども、一応、私個人の感じから言えば、5つのステップがあるのではないかと思っております。第1番目のステップは、まず基本を踏まえることです。基本を踏まえるということは、地域づくりの目的はあくまでもそこに住んでいる住民の幸せの度合いを向上させることで、なんとなく雰囲気としていろいろな企業が立地しているとか、そういうものではないのではないかということです。たとえば工場誘致とかリゾート開発とか国際交流とか、そういうものに努力するときには、えてして本当にそれが地域にとってどういう意味があるのかということが忘れられがちになってしまう可能性があります。これはいつも原点に立ち返って踏まえておく必要があろうかと思います。
第2番目のステップは、地域住民の幸せを願うものをすれば、その幸せのために今欠けている物は何なのかという目で地域をもう一度見てみることではないかと思います。道路とか公園のような公共資本なのか、福祉とか医療、教育などソフト面での地域基盤なのか、あるいは自然環境とか都市の美しさとか、文化活動とか、そういう生活の質を高める要素なのか、あるいは毎日その地域の人たちが暮らしていくための産業基盤なのか、あるいは、あるいはそこに住んでいる人たちの地域に対する愛着とか帰属意識のようなものであるのか、あるいは、その市町村の財政基盤、要はお金がないということなのか。そうしたことを一通り地域全体を見る必要があろうかと思います。
それから、第3番目のステップとしては、まったく逆になりますけれども、その地域住民の幸せの向上と言う点で、地域の優れているところは何なのか。それをあわせて必ず見る必要があろうかと思います。悪いところの対極にいいところが必ずあるはずで、自然環境なのか、歴史的な資源・伝統なのか、また住民の一体感なのか、もろもろあろうかと思います。
第4番目のステップとして、そうした地域の事情はわかったとして、では、国や県全体の中でその地域がおかれている状況、これからどういう風雨に変わっていくのかという全体の中での位置付け、それから歴史の中での将来に向けての位置付け、そうしたものも一通り踏まえておく必要があろうかと思います。そうしたものの中には、たとえ常陸太田市がいくらがんばっても絶対に避けられない要素が確かにあるわけでございます。たとえば経済のソフト化、サービス化、情報化、技術化も含みますけれども、そうした経済の流れというのはいくら棹をさそうと思っても絶対に太田だけの地彼では変えられないわけでございます。社会活動の広域かもそうですし、高齢化も避けることはできません。それから、国際化というのも、別に国際交流とかそういう意味ではなく、農産物の自由化とか円高などの意味では太田であってもすべての住民が等しく巻き込まれている事柄でございます。茨城県特有の事情としては、首都圏とのかかわりは今までよりもどうしても強まってくる。その中で地域性を失っていく危険性があることも、避けようと思ってもどうしても避けられない状況にあるわけでございます。あとは、余暇時間の増大、住民意識の変化なども世の中の必然的な流れですので、そうしたことを十分踏まえた上で考える必要があろうかと思います。
悪いところ、いいところ、それから全体の流れ、そうしたものを考えた上でなすべき方向、ビジョンというのは全住民的な議論の中で決めていただけなければいけない。これがばかりは県や国の立場で関与しようと思ってもできないし、また関与させてはならない部分ではないかと思います。
それから最後の段階として、何か一定のビジョンができたとしたら、具体的な政策は何かということになるわけです。そのときに、誰が行うのかを必ず考えていただきたいと思います。今回の「1億円」の事業の正式名称は、「自ら考え、自ら行う、地域作り」という名前ですが、自ら行うというのもその要素の中に入っているわけです。ただ、その「自ら」の中には市役所も市も住民も全部入っておりまして、市役所が行う仕事なのか、住民が自分たちの活動としてやるべきことなのか、それは全部その地域ごとに決めていただく趣旨になっております。また1億円ではたりない。10億、20億が常陸太田作りにはかかるということであれば、いろいろな制度の中で県や国に対して当然働きかけていかなければいけない部分があろうかと思います。
何をなすべきか、「自ら考え」の部分を本当に太田の住民的な議論でやっていただければ、その「自ら行う」の部分はまあ、「1億円」の範囲は自ら行っていただくことにんると思うのですが、それで足らない部分はどんどん県や国に働きかけていっていただく必要があろうかと思います。またそういう働きかけをする中で、「1億円」という制度だけじゃなくて、これから同じような趣旨の10億円、20億円の制度ができてくるかもしれないという可能性があるわけでございますので、そうした意味で、住民自らが行うもの、それから市役所で行うもの、国や県に働きかけるものをきっちり整理して、国や県でやってくれというものは遠慮なく言っていただいて結構でございます。そのときに一番大事なのは、「自ら考え」の部分を本当に住民の皆さんのコンセンサスというか、全体の議論の中で集約しているかどうか、それが国に対する働きかけの迫力につながってまいりますので、そのあたりは尚今後とも十分議論を尽くしていただきたいと思います。
非常に第三者的と言うか、抽象的なものの言い方になってしまいましたけれども、最初に申し上げましたように、私の立場上、これ以上の助言はできませんので、ご容赦いただきたいと思います。どうも本当に今日はご苦労様でございました。